この記事の予想読了時間:約5分
「ギバー」と「テイカー」という言葉をZAWAは何年か前からよく使用しています。
ギブアンドテイクからくるこの「与える人」と「奪う人」、結局成功したり、良い思いをするのはどっちなんだい? って疑問人生で一回くらい湧いた事ありませんか。
それに対して、データを元に明確に答えを出した人がいます。
アダム・グラントというアメリカの心理学者がこの書籍で語っていました。
GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 [ アダム・グラント ] 価格:1,980円 |
アダムさんは、「与える人」こそ成功する時代だと言っています。
さらには、ギバーとテイカーだけではなく、「マッチャー」というタイプもいるとのこと。
マッチャーってなんだ!?笑
本日はアダムさんの主張を紹介しながら、自分がどのタイプに属するのか?
成功するギバーの「与え方」などについて考察していきたいと思います。
それでは始めます。
ギバー・テイカー・マッチャーとは?
「与える人」
他人とのやりとりにおいての意識が「何をしてあげようか」と考える人.
「奪う人」
他人とのやりとりにおいていつも利己的で、「何をしてもらおうか」という意識が働いている。
損得のバランスをとるスタイル。
ギブとテイクの均等なバランスを保ちがる「代償型」の人。
「何かしてくれるなら、こちらも何かしてあげる」という考えを持つ。
逆に何か奪われれば、奪い返したい「目には目を、歯に歯を」タイプ。
アダムさんは世の中にはこの3タイプが存在すると言いました。
そして、調査の結果この3タイプの割合は以下のようになったそうです。
マッチャーが一番割合としては多いようですね。
まぁ、確かに他人に何かしてもらったら「返したい」って思うし、他人に何かを奪われたら「やり返す」って思う人が多いのはなんとなく納得。
どのタイプが成功しやすいのか?
アダムさんは3タイプの生産性のデータを取りました。
するとこのような結果が出たそうです。
様々な生産性を示す数字に置いて一番結果を出せなかったのは「ギバー」だったそうです。
なぜなら彼らは、「与える」ことを過剰にしすぎたのです。
「お客様が喜んでくれるなら利益は考えない。」
「お客様に問題がある商品は売れない。」
「お願いされたら断れない。」
特に「テイカー」からの搾取から逃れられず、搾取され続けるギバーは結果を残すことができません。
ギバーの次に生産性が低かったのは「テイカー」でした。
搾取する側のテイカーはもっと結果を出しそうですが、違いました。
テイカーは一時的にはすごく結果を残すのですが、「マッチャー」により失脚させられるそうです。
テイカーのわがままを叶えてあげるのはギバーだけです。
「そんなわがままは通用しない」とテイカーに引導を渡すのがマッチャーなのです。
マッチャーはギブ&テイクを等価交換にしたがるので、先に奪われればその分奪い返そうとします。
数も56%と多いので、最終的にテイカーはマッチャーにより淘汰されます。
そんなマッチャーが上位なのは納得できますが、1位じゃないんです。
1位はなんと「ギバー」なんです。
ギバーは「成功するギバー」と「生産性の悪いギバー」と完全に二極化したのです。
では、この成功と失敗の鍵はどこにあるのでしょうか。
成功するギバーには「与え方」にルールがある。
成功するギバーは、他人に「与える」時に守っているルールがあるそうです。
それは、
対人関係において他者との間に境界線を引く。
ということ。
「相手に喜んでもらうこと」が行動原理であるギバーはしばしば自己犠牲が過ぎて、与え続けることで自分が壊れてしまう・無理が出てきてしまうことがあります。
これが「失敗するギバー」の典型的なパターンです。
では境界線を引くとはどういうことか、具体的にみていきます。
時間で区切る。
「5分間の親切」、「年100時間ルール」など、アダムさんは時間で区切るルールを紹介していました。
他人の人生に大きな価値を与えるちょっとした方法を見つけて実践する「5分間の親切」は、例えば人と人とを繋いであげるとか、優しい声をかけてあげるとか。
或いは、人にギブする時間は年間100時間までするというルール。
これは1週間なら2時間程度。
その程度の時間なら見返りを相手から求めずに、自給自足のメリットをギバーは獲得できます。
良い行いをした自分に対しての「自己肯定感のUP」や「達成感」を得る事で、与えた側からの「お返し」がなくても全然平気。
義務感からではなく、自発的に奉仕を楽しめる範囲を「時間」という単位で区切る方法です。
タイプで区切る。
「相手に喜んでもらうこと」を求めているギバーは、初めは無条件に「与える」ことができます。
が、相手がテイカーの場合だと「してもらって当然」という反応や「もっともっと!」という反応ばかりが返ってくるため不完全燃焼感が高まります。
生産性の低いギバーは、よく言えば優しいので、それでも与え続けてしまいます。
そしていいように搾取され続け、どんどん疲弊し摩耗していくのです。
成功するギバーは、相手のタイプによって自分のスタンスを変えることができます。
相手がテイカーの場合は、「マッチャー」として接するようにするのです。
ちゃんと断る。
奪われたら奪い返す。
誰に対して自分の有限である時間や労力を分け与えるのかをきちんと区切って選択するのです。
ギバーは「ギバーかマッチャー」の人々に与えるという行為をした方が、生産性が高いです。
ギバー同士はお互い自然と与え合い、相互扶助が当たり前のように行われます。
マッチャーは「してもらったら、お返しする」というタイプなので、ここもポジティブな連鎖反応が生まれる関係です。
このように成功するギバーは、相手のタイプで境界線をきちんと定めることで自分自身をちゃんと守る術を持っています。
テイカーは排除されるべき存在。
色々な組織を見てきたアダムさんは、生産性の高い組織やチームを作るのであれば「テイカーを排除するべきだ!」と言っています。
ギバーとマッチャーだけのコミュニティの方が、生産性が高いからです。
でも、本当に「テイカー」を排除してしまっていいのでしょうか?
慈悲深い「ギバー」はそう思うかもしれません。
「無償の愛」というのはテイカーすらも排除せず受け入れて愛することなのかもしれません。
ただ、ZAWAの見解は「テイカーは排除・淘汰されて当然」だと思ってます。
ZAWAはそんな尊い人物ではないので、自己犠牲には限界があります。
自己満足できるレベルの奉仕は善意や好意の枠内ではできますが、キャパシティを逸脱したギブは「割りにあわねぇ」って思いがどうしたって出てきます。
ZAWAがこれを自分の中の正解と思える根拠の一つに、「寛容のパラドックス」という概念があります。
寛容のパラドックスとは哲学者カール・ポパーが1945年に発表した考え方です。
寛容(過失をとがめだてせず、人を許し受け入れること)な社会に不寛容がいた場合、寛容は不寛容さえも受け入れないといけないのか?という疑問に対する答えともいうべき内容です。
ポパーは、
「もし社会が無制限に寛容であるならば、その寛容は最終的には不寛容な人々によって奪われるか破壊される。寛容な社会を維持するためには、社会は不寛容に不寛容であらねばならない」
という一見矛盾した結論に達しました。
つまり寛容(ギバー)・不寛容(テイカー)と言い換えると、
テイカーの要求や要望をギバーが全て受け入れてしまうと、ギバーは疲弊し削られ生産性が落ちてしまい、テイカーも労せず他力本願でメリットを得ようとするので努力や行動力が低いのでやはり生産性が低い。
つまり結局共倒れのような結末になってしまうのです。
寛容な社会や生産性の高い社会、ある程度の秩序を維持するには、テイカーを受け入れてはいけないのです。
まとめ
アダムさんの話を聞いてて思ったのは、人はきっと明確にギバー、テイカー、マッチャーなどの3タイプに分けることなどはできないだろうなということです。
自分で考えても、自分の気分や対象の相手によって、ギバーの時もあれば、テイカーの時もある感じがしてます。
ただ、まぁまぁな母数での統計やデータが示している傾向は大いに参考にできる結果だと思います。
ZAWAはこれを参考に、ギバーやマッチャーの自分を大切にし、テイカーな自分が出てしまっている時は自重したり反省したりしようと思いました。
これを読んでくれているあなたがどのタイプなのかは分かりませんが、一つの傾向としてこのような事実があり得るということを意識する事で、より良い自分を作れたり、より良い対人関係を築くための道具にすることは可能です。
失敗ギバーの自覚がある人は「与え方」を見直してみてください。
テイカーの自覚がある人は「求め方」や「求める量」などを見直してみてください。
その変化や行動は、今より良い未来に必ず繋がっていくはずです。
本日は以上です。
最後までご覧いただきありがとうございました。
赤澤飯店の主人:ZAWA
1982年東京生まれ。
脱サラし、海沿いの町で飲食店を営業。
ケアストレスカウンセラー。
『GOOD VIBES ONLY』をモットーに日々ストレスの無い毎日を研究中。
↓ポチッとお願いします。
コメント